子育て4人目で気付いた「バランスボール」の万能さ

おっぱいのない僕たちは抱っこして揺れ動くしか選択肢がありませんでした。

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いいなあ、おっぱい。

かつて憧れ抱いていたおっぱい。恋い焦がれていたおっぱい。紙に写されているものを眺めるだけで癒しを与えてくれていたおっぱい。中学生の頃、道路端にばら撒きとなっているいくつものおっぱいはどれだけの幸福感を僕に与えてくれたことか。。。

子どもができるまでは「おっぱい」は自分を幸福にしてくれる存在だと疑いもせず生きてきました。

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いえ。今でも「おっぱい」は僕を幸せにしてくれます。その事実は変わりません。恐らくこれからも変わらないでしょう。

ただ、4人目の新生児育児の真っただ中である今は、「おっぱい」見るより自分の身体につけたい(゚д゚)!

とにかく少しでも嫁を乳吸われ地獄から解放してやりたいし、自分自身も抱っこ地獄から抜け出したいんです。

オレにおっぱいがあればもっと楽できるのに。オレにおっぱいがあれば赤ちゃんともっと触れ合えるのに。ずっと「オレにおっぱいがない」という変えることのできない現実を悲観するだけで、もくもくと赤ん坊を抱っこして揺れていました。

来る日も来る日も、抱っこしてはゆらゆら。そして眠りについたのを確認してソファに腰を下ろす。

5分後、再び立ってゆらゆらをし直します。「おっぱい、おっぱい」と激おこぷんぷん丸な赤ん坊を愛の力で説得し再度眠りにつかせる。

そして再度腰を下ろす。

今度はお尻がソファに着地するか否かのタイミングで赤ん坊は怒りだす。

「まだ座るんじゃね<`ヘ´>」「おっぱいのないお前は立ってゆらゆらしてろ!階段上り下りもしくはスクワットでもしてろ!」と。

そうです。おっぱいのない僕たちは赤ちゃんを寝かしつけた後も座ることが許されませんでした。

僕のおっぱい愛もこのときばかりは「おっぱい憎」の感情が芽生えます。おっぱいを吸わせて「添い寝」の成功を成し遂げている嫁にも嫉妬心が芽生えます。

「オレだっておっぱいがあれば」

しかし変えられません。人工的におっぱいをつけることはそりゃ可能でしょうが、1年も経てば必要ありません。メンテナンスも面倒でしょうし、なにしろお金がありません。

じゃあどうすればいいんだ?これからもおっぱいのない僕たちは昭和の中学生エピソードで例えられそうな「バケツ持って廊下に立ってろ!」の学生のように延々と立たされるのか?

嫌だ!

嫌だよ!

おっぱいのない僕達も座りたい!

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「私を買って乗るといいよ」

ありがとう。バランスボール。

おっぱいなくてもバランスボール買えば大丈夫です。

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